サクラと母
今年の桜は長いですね。一度花が咲いてから寒くなったのと、4月に入って風のない好天続きが、例年にない花見の季節を充実させています。僕の地元八王子の富士森公園(ここは花より団子だけど)、浅川沿い、井の頭公園、息子の幼稚園がある国立駅前、講師をしている東洋英和女学院キャンパス、最寄りの十日市場駅周辺など、それぞれに心弾む、あるいは和む光景だ。・・思えば母が亡くなってもう3週間がすぎた。あれほど健康そうだった母が肺がんで。妹と交代で看た80日間の入院は長いようでもあり短いようでもあった。幸いさほど痛いの苦しいのということはなく、亡くなる10日位前まで話や食事ができ、それなりの覚悟や心の準備も徐々にできたので、まずまずの「おくり」だったように思う。不慣れな喪主もなんとかつとめ少しほっとしている。
病院で喜寿を迎えたが、5人兄妹の末っ子で一番先に逝くなんて、本人はさぞや無念だったに違いありません。当然のように退院したらあれしたいこれしなきゃ、と入院当初の1月、酸素吸入器が取れず、徐々に傷心と諦めへと向かった2月、僕ら兄妹が引き継ぐべき家の細々した事項の伝達をやり遂げた3月。最後まで腐らずしっかり生きた母は立派だったと思う。僕が幼い頃のアルバムなど見せながらぼそぼそ語ったこと、金井家の将来を案じつつ?の最後の日々は短くも充実していました。
やはり父をなくした時とは明らかに何かが違う。そのなんとなくではあるが心にぽっかり空いた穴を、少しではあるが埋めてくれる桜〓ではある。






